河瀨直美さん、長谷川豪さん対談

吉野杉の家ダイアローグを始めるにあたって

吉野は日本有数の林業地であり、500年に渡り、木の循環を繋げてきましたが、木のない暮らしが成立する現代において、その循環が途切れてしまう状況に直面しています。

私たち「吉野と暮らす会」は 2012 年に結成して以降、吉野の木のことを発信して、山と街を繋ぎ、木のある暮らしの輪を広げていく活動を続けています。

暮らしを豊かにする木の在り方、そして、持続可能な資源である木の活かし方を、仲間たちと模索し、共有す ることは、私たち日本人の未来に繋がっていくと考えます。

私たちのプロジェクトのひとつである「吉野杉の家」は、吉野の木の暮らしを体感し、地域との交流を楽しめ る、吉野川のほとりの小さなゲストハウス。 この小さな家のおかげで、多くのご縁が繋がり、日本へ世界へと、その可能性を広げてくれています。

今回、吉野杉の家の設計者である長谷川豪さんがホストとなり、「吉野」「木」「暮らし」にまつわるゲストを お招きして、対談していただく「吉野杉の家ダイアローグ」を企画しました。

衣・食・住、そして、自然、風土、歴史、文化についてのお話を伺い、木のある暮らしの豊かさ、大切さを、 吉野杉の家から発信していきます。

吉野と暮らす会

河瀨直美さん、長谷川豪さん対談(前編)
河瀨直美さん、長谷川豪さん対談(後編12月24日公開)

河瀨直美さん、長谷川豪さん対談(前編)

  • 対談日時:2021年3月6日
  • 場所:吉野杉の家

河瀨 直美

映画作家
生まれ育った奈良を拠点に映画を創り続ける。
一貫した「リアリティ」の追求はドキュメンタリー、フィクションの域を超えカンヌ映画祭をはじめ、国内外で高い評価を受ける。
監督代表作は『萌の朱雀』『殯の森』『2つ目の窓』『あん』『光』『朝が来る』など。
D J 、執筆、出演、プロデューサーなど表現活動の場を広げながらも故郷奈良にて「なら国際映画祭」を立ち上げ、後進の育成にも力を入れる。
東京 2020 オリンピック公式映画監督、2025 年大阪・関西万博テーマ事業プロデューサー(シニアアドバイザー兼務)、バスケットボール女子日本リーグ会長。
野菜やお米をつくる一児の母。

長谷川 豪

建築家
1977年埼玉県生まれ。2002年東京工業大学大学院修士課程修了後、西沢大良建築設計事務所勤務を経て2005年長谷川豪建築設計事務所設立。2015年東京工業大学大学院博士課程修了(工学博士)。 ハーバード大学デザイン大学院(GSD)、カルフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)、メンドリジオ建築アカデミーなどで客員教授を歴任。 2005年SD Review鹿島賞、2008年新建築賞など受賞歴多数。 主著に『考えること、建築すること、生きること』(LIXIL出版, 2011)、『Go Hasegawa Works』(TOTO出版, 2012)、『長谷川豪 カンバセーションズ』(LIXIL出版, 2015)、『a+u 556 Go Hasegawa』(a+u , 2017)、『El Croquis 191: Go Hasegawa 2005-2017』(El Croquis, 2017)など。

僕がなんで吉野に来ることになったのか

長谷川:今日は、大変お忙しい中お越し頂きありがとうございます。よろしくお願いします。

河 瀨:よろしくお願いします。

長谷川:この「吉野杉の家」で、僕がホストになり河瀨さんをゲストにお迎えして、今日は吉野のこと、日本のこと、さらに自然についてなど、色々とお話を伺えたらと思っています。
その前に、まず僕がなんで吉野に来ることになったのかを、お話ししたいと思います。2016 年に東京のお台場で、グラフィックデザイナーの原研哉さんがディレクターをされた「HOUSE VISION」という展覧会がありました。企業と建築家がコラボレーションして、未来の住宅を構想して展示する展覧会です。ユニークなのは、 1/1の実物の住宅を 12棟実際に建てて展示するということで、お台場に実物大の住宅がズラリと並んだ姿は、壮観でした。

河 瀨:お台場のどのあたりですか?

長谷川:青海です。普段は駐車場になっているエリアを1ヶ月使って、そこに実物大の住宅を建築するわけです。原さんのマッチングで、僕はホームシェアリングのプラットフォームを運営しているAirbnb とコラボレーションしました。隈研吾さんやアトリエ・ワンさんや藤本壮介さんなどの他の建築家もそれぞれ企業とコラボレーションされていました。
でも最初にお話を頂いた時に、これだけ環境破壊が叫ばれている時代に、1ヶ月の展覧会のために奇抜な建築物を作って見世物みたいにして、終わったら廃棄しちゃうのだとしたら違和感あるなあと思ったんです。
「展覧会の後に移築して実際に使えるようなものにしても良いですか」と原さんに言ってみたら、「全然それでいいよ」と とのことだったので、参加を決めました。
その後、奈良県の方を紹介して頂くことができて、奈良県内のなかでいくつか展覧会後の移築先を探していたんですね。その中に、この吉野町がありました。 2015 年の年末だったと思うんですけど。

河 瀨:へえ。

長谷川:「HOUSE VISION」のことや僕の構想を話したら、吉野町の皆さんがすごく興味を持ってくださって。吉野は歴史があって、とても美しいところです。やはり「吉野杉」が広く知られていますが、日本の林業は1980年にピークを迎えた後は大きく衰退していて、吉野の林業もその例外ではなく、人口も減っています。そうした状況のなかで、吉野町の方々も、人が滞在したり、吉野の木の良さをアピールするような場所を作りたいとちょうど思っていたと仰っていて。吉野町の方々の想いと、僕がなんとなく描いていた構想が響き合って、この小さな建物ができました。
「吉野杉の家」のコンセプトとして「吉野杉」や「吉野ヒノキ」をふんだんに使って吉野の木をアピールするということもあるんですけど、一番大事なのは「コミュニティとゲストを繋ぐ」ということです。
僕自身、出張が多くて。出張先のホテルに泊まるんですが、そうすると、その町の人とほとんど会わずに、ホテルと目的地の往復で終わってしまうんです。
そうではなくて、今日みたいに日中はこの1階のスペースは開放して、地域の方たちが集まって公民館的に使ってもらって、夜はゲストが上で滞在するみたいな使い方ができるといいんじゃないか。吉野町民がホストになるゲストハウス。だから海外や日本各地から吉野に来た人は、必ず地域住民と接点をもつというアイデアです。
さっき聞いたら、4年間で1500人ぐらいの方が泊まってくれたそうで、なんとその半分は外国人ということでした。今はコロナの影響で少し減っているようなのですが、これから「吉野杉の家」を活用して、うまく世界と吉野町を結びつけることができればと思っています。
こうした縁があって、その後もちょくちょく吉野町に呼んでもらったりして、定期的に通わせてもらっています。
すみません、前置きが長くなりました。
去年ここで吉野町の方々と飲みながら、「もうちょっと吉野のことを知ってもらえる企画がないか」という話になった時に、この建物を設計した僕がいわばホストになって、お話ししたい人を招いて対談していくというアイデアが出ました。
吉野や奈良と関係のある人がいいということで、僕から河瀨直美さんにお願いしたいと話したら、今回引き受けてくださって。本当にありがとうございます。

河 瀨:ありがとうございます。トップバッターですか?

長谷川:そうです。

「あ あ、これ世界につながるよね」と思ったんですよ

河 瀨:今、豪くんのお話を聞いて、私も同じような思いで「Vision」を作ったんです。以前、現町長の中井さんとお会いした時に山を案内してもらって。中井さんの想いを聞いて「あ あ、これは世界につながるよね」と思ったんです。その後、2017 年に「光」という映画がカンヌに出品された時に、ジュリエット・ビノシュと知り合って。

長谷川:カンヌで知り合ったんですか?

河 瀨:そう、カンヌで。もちろんお互いに知っていたけど、でも、直接話したのはその時が初めてでした。その3ヶ月後にジュリエット・ビノシュに、一緒に映画を撮りたいということを伝えたんです。
ジュリエット・ビノシュは、日本で撮影される映画に出たかったんですって。日本では、今ジェンダーが社会問題になっていますけど、諸外国もその意識が強いんです。彼女ももちろんそういう意識があって。わたしが女性監督でありそれも日本人、しかも森での撮影にとても興味を持ってくれたみたいです。
彼女はスケジュールもすでに決まっていましたが、3週間行けるから、その前後をできる限りの調整をするという内容で、お返事をもらいました。
さすがに3週間では無理だから、さらに年末に3週間をもらって。合計6週間の予定になりました。
でも、日本側のプロダクションは、ジュリエットが直接言ってるだけだから。というような態度ですっかり慌てていました。「そんなハリウッドに出てるような女優さん、吉野に泊まるところないよ。どうするの?」とか、「ものすごい VIP だから、車かキャンピングカーみたいなものを借りて、シャワーから食事から、全てそこでできるような計画でどう?」「山の中の撮影の時はどうするの?」なんて、ぐちゃぐちゃに慌ててしまって。
そんな中、ジュリエットは、「そんなの、映画のためだったら、私は行くわ!」と言ってくれて!そして清谷寺に泊まってもらうことになりました。

長谷川:えっ。ジュリエット、お寺に泊まっていたんですか!?

河 瀨:そうなんです。毎朝、ご住職がお勤めされるのを一緒にこう・・見よう見まねに真似をして楽しんでくれたみたいです。(笑) 食べる物もこだわりがあって玄米しか食べないんです。
「殯の森」でキッチンを担当してくれた方に、ジュリエットの好みを知ってもらうための料理教室を開いて ジュリエットの専属シェフになってもらいました。もちろん地産地消のものを使ってもらい、とても心地よい中での撮影でした。それが「Vision」です。(フランスのタイトルは「VOYAGE À YOSHINO」。)

※ Vision:河瀨直美が自身の脚本から監督した 2018 年の日仏ドラマ映画です。生まれ故郷である奈良県でオールロケを敢行   。ジュリエット・ビノシュと永瀬正敏が主演し、 岩田剛典、美波、森山未來、田中泯、夏木マリらが出演。 ジュリエット・ビノシュが永瀬正敏と出会う森で、彼と文化や言語を超えた物語が始まる。

長谷川:YOSHINO。

河 瀨:そうなんです。映画を見た人たちは、当然ながら、そこに行きたいという気持ちを持たれると思うんですけど、じゃあ実際にどうやって行くの?となると、なんとなく曖昧な感覚になります。
あともう一歩の提案が必要だと思います。コロナになって国内外の行き来ができないですけれど、吉野には古来からの歴史・文化とストーリーがあるので、それをぜひ体験しに来ていただきたいです。そのために、今こそ誘致のやり方を整えないと。

作品が外国でどのように受容されるか

長谷川:仰る通りですね。
河瀨さんの作品には、やはり日本の文化や日本人の美意識がとても良く表れていますが、それと同時にいまのお話にもあったように、河瀨さんは作品が外国でどのように受容されるかということを意識されているように思います。作品に対する海外での反応と、日本のオーディエンスの反応に何か違いがあったりしますか。

河 瀨:それは、国・国籍・立場より、見る人それぞれの感性の違いの方が大きいと思います。ただ、フランス人の多くは個人主義なので、しっかり意見を言ってくる。

長谷川:なるほど。

河 瀨:誰が何を評価していても、それに反する意見だったとしても、自分が感じたことをきちんと喋るという。日本人は自分が感じたことを話すのを控える性質があって。

長谷川:感じたことは、本当はあるのに。

河 瀨:「みんなが思っているようなことだったら言ってもいいかな」になってくるんですよね。
結局それは同調圧力のようなことになるんですけれど。感情というのは、ひとつじゃなくて変容していきますよね。

長谷川:はい。

河 瀨:みんなが「なんとなくいいかなあ」と思ったぐらいの時点で、感情が、次のフェーズに入るような気がするんです。
例えば世界の教室があるとして、『アメリカくん』『フランスくん』 は「はい」って一番に手を挙げて言うけど、『日本くん』は、みんなの空気を見て。

長谷川:そうなんですよね。

河 瀨:どっちに物事が動くのかを見るのはとても得意。さらに「日本くんどう?」と質問されたら、すごくまともなことが言えるという、そういう性質があるような気がします。
誰かが評価したものを見て、感想なんかはちゃんと言えるんですね。
例えば、私の映画「萌の朱雀」でカンヌ映画祭の新人監督賞をいただいた時も、日本ではすでに試写会で見ていただいているんですけど、みんなサイレントなんですよ(笑)本当に何も言わない。その数ヶ月後にカンヌで賞をいただいた途端に凱旋のような感じになったんです。

長谷川:分かりやすいですね。(笑)

河 瀨:試写会場が満員になって。みんなこぞって、過疎の進みとか、古来からの文化をとか、そういう日本の大切なものが描かれてるね、というような評価が出てきました。
おそらく外国人も日本人も感じることは本質的には変わらないけど、選ぶ言葉が違うという感じ。外国の人は相手を喜ばせるような言い方をするので。「great!」とか(笑)日本人は控えて下を向いて、言わずとも分かってくれるみたいな感じ。コミュニケーションが取りづらいと、よく海外からは言われてますね。

長谷川:なるほど。

時の流れの中に連綿と続くものがあって

河 瀨:でも私はこんなだから、誰でも一緒というか。その国の言葉、違う言葉を喋ってるんだなぁというぐらいの感じでいます。私は、言葉よりも、その人の持つ雰囲気やオーラを感じて、一緒にご飯を食べたりしながらちょっとずつ相手の事を知っていく。お互いに何を思っているのか感じるから。そうするとあまり争いはないように思います。

長谷川:そうした河瀨さんの分け隔てのなさ、言語の違いを超えて世界と向き合う姿勢は、河瀨さんが作られる映画にも強く表れていると思います。言葉を超えて、この国の根っこの部分を見せている。

河 瀨:この国の歴史と文化は、諸外国から見ても素晴らしい。繊細さや、言葉にせずとも相手をおもんばかって行動を起こそうとする資質。勤勉で言われたことは守る。そんな国民はなかなかいないです。国民性に根ざした伝統工芸やものづくりも素晴らしいですし。

長谷川:そうですね。

河 瀨:そういうものはしっかり担い手を育成しないと、どんどん継承する人がいなくなっていきます。評価しないと。
日本が戦争に敗れた時に「アメリカ文化や欧米の方がすごいんだ」ということを植え付けられてしまい、本来誇りに思うべきことが「遅れているとかダサい」そういうふうになっているような気がします。
私は奈良にいて、奈良の歴史の中で守られ続けてきたものがいかに素晴らしいかを感じています。
時の流れの中に連綿と続くものがあって、吉野は、本当にそういう意味で憧れの地です。
日本文化を保存すること、そして誇りを持つことを忘れずにいてほしいと思います。そして、それを地元から発信することが大切だと思います。都市部が発信の中心になってしまっていますから。
現代アートやアニメーションのような新しい文化がたくさんあること、日本の根底にすごいものがあることを伝えたいと思っています。例えば吉野で撮影していると、その根底にあるものが映像に映ってくる。諸外国の人たちが確実に憧れるものがそこにはあるんです。

大人よりもずっと、人の関係性の本質を誰も置き去りにしない

長谷川:今、文化の担い手の話がありました。

河 瀨:若手の育成も必要ですね。

長谷川:はい。河瀨さんは「なら国際映画祭」でユースの育成活動も続けられていますよね。若い人たちとお話ししていて、彼らの作品や考え方に触れて、何か思うところありますか。

河 瀨:今、13~18 歳のユースを受け持っています。みんな素晴らしい感性を持ってる。大人になるにつれ、それは失われていくのかなと思うぐらい彼らの感性は素晴らしいですよ。
「ベルリン国際映画祭」と「ショートショートフィルムフェスティバル &アジア」という映画祭で選ばれた5作品をユースたちで審査していくんです。彼らに「君たちは国際審査員になれるよ」と言うんですが、彼らは、金熊賞(ゴールデンベア)という最優秀賞を選ぶんですが、何の情報も出していないのに、アカデミー賞を獲った作品を選んでくる。
私たちのルールは、大人が「一切口出ししない」ということです。ユースの子たちだけで話し合う。もちろんみんなとてもシャイだから最初は話さないんだけど、13歳と18歳では年齢差があるから、上の子が下の子に促すように話を聞き始めて、下の子がわーっと話すことを「それって、どこからそういうことを思ったん?」みたいに対話を重ねていきます。
私は彼らの話をずっと聞いてるんですが、すごいなと思います。大人よりもずっと、人の関係性の本質を誰も置き去りにしないんです。そして1個の答えを導き出す。それはすごいなと思います。例えば6人で映画を撮る時も、映画を創り始めると意見がものすごくぶつかるので、だいたいみんな泣いてます。

※なら国際映画祭:奈良の平城遷都1300年目となる2010年、映画作家の河瀬直美をエグゼクティブディレクターに迎え始まる。2年に1回本祭が開催される映画祭の企画運営の他、国内外の若手監督と奈良を舞台とした映画制作や、こども・海外学生とのワークショップ、奈良市内を移動する映画館「ならシネマテーク」など、映画の魅力を伝える数々のプロジェクトを実施している。
※ベルリン国際映画祭:ドイツのベルリンで毎年 2 月に開催される国際映画製作者連盟   (FIAPF)   公認の国際映画祭。カンヌ国際映画祭、ヴェネツィア国際映画祭と並び世界三大映画祭のひとつに数えられる。
※ショートショートフィルムフェスティバル & アジア:米国アカデミー賞公認 アジア最大級の国際短編映画祭。

長谷川:それはやっぱりチームの中で衝突があって?

河 瀨:そうですね。何かを否定するというよりは、言えない、できないとか、そういう悔しさもあって泣いている。泣くけど、みんなに想いを伝えて討論するし、何とか実現しようとするし、本当にすごいんです。

国によってやり方も違うから、そのやり方を知る。

長谷川:僕は海外の大学で建築設計を教えることがあるので、いろんなところで、海外と日本の学生にはどういう違いがありますかって良く聞かれるんです。もちろん個人差が大きいんですけど、それでも傾向として、日本の学生のほうがシャイな子が多くて出だしは遅いんですけど、最後の最後まで粘るんですよね。
ヨーロッパやアメリカの学生は、優秀な子ほど最後は完成度を上げる方向に向かって、教えている側からすると、最後にびっくりするようなジャンプを見ることは少ないです。作品の完成度を上げることも大事なことなのですが、最後の最後まで粘るのは日本の学生のほうが強い気がします。1週間前にチェックして、その後、最後の講評会でまるっきり違うものを出してきたりします。違うと言っても、そこまでの試行錯誤を全部詰め込んだものを最後に仕上げてくる。最後まで粘って大胆になれるのは、日本の学生のほうが多いような気がしています。
先ほど日本人のシャイで控えめな側面について話がありましたが、一方でこういう日本人の粘り強さは、この国の工芸や芸術の世界にも通じると思います。

河 瀨:日本人の仕事は、8割9割くらいがほぼ決まっていて、後はその設計図通りに動く感じだと思ってました。
一昨年、パリで開催された日仏友好 160 周年記念「ジャポニスム 2018」の映画上映の皮切りが「Vision」で、その時に当時の河野外務大臣がいらっしゃったのですが、河野大臣のスケジュールが分刻みで、それをプランニングするのがすごいなと。(笑)

長谷川:分刻み。(笑)

河 瀨:そういうイベントのとき、フランスや欧米の人は、2割ぐらいのプランニング、後の8割は出たとこ勝負みたいな。そういう柔軟さは欧米の人たちの方があるなと思っています。日本は、ほんと 1分単位だから。すごいですよね。

長谷川:例えばイタリアだと、3分遅れで電車が来たら「あっ、今日は来るんだ」ってイタリア人が言ってて。「いつも30分ぐらい遅れる」とか言って。

河 瀨:遅れるのが当たり前という感じがしますよね。カンヌ映画祭の後にブラジルで展覧会があって、ブラジルの空港でトランジットしなきゃいけなくなったんです。そしたら、税関かな、長蛇の列で全然進まない。これだけ混んでるから、絶対間に合わないという時に、真面目なドイツの方かな、その人が、すっごく怒ってて。「なんて国だー!」みたいなことを言ってるんですよ。(笑)
でも私はシュッっと前に入っていって。怒っても難しいから、シュッと入ってしまえば。そういう、ある意味自由。

長谷川:ルールに縛られてないですよね。

河 瀨:そうですね。国によってやり方も違うから、そのやり方を知って、お互いリスペクトし合えたらなと思います。

河瀨直美さん、長谷川豪さん対談(後編12月24日公開)に続く→


河瀨直美さん、長谷川豪さん対談(前編)
河瀨直美さん、長谷川豪さん対談(後編12月24日公開)