河瀨直美さん、長谷川豪さん対談(後編)

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トップ俳優たちを、吉野の山奥に一人で暮らさせるなんてありえないです

長谷川:映画の撮りかたについてお聞きしたいです。河瀨さんの映画作りについて、役者さんからはどんなふうに言われますか?おそらく監督によって全然違うんだと思うんですが。

河 瀨:違います。河瀨組は相当変わってると言われてまして。河瀨組しか行ったことのない人は、他の組に行くと「ええ!?」となるという。

長谷川:河瀨組の特徴は、どのようなものですか?

河 瀨:役者を一人暮らしさせます。ジュリエット・ビノシュも永瀬くんも吉野に暮らしました。普通はそういうことはありえないです。アイドルやトップ俳優たちを、吉野の山奥で一人暮らしさせるなんてありえないです。
木に登る特別伐採をしてる人が出てくるのですが。

長谷川:そういうシーンありましたね。

河 瀨:別の大手映画会社で、特別伐採の映画を川上村で撮影できたらと考えたんです。川上村は500年の森を持ってるからそこで撮影できたらいいねって、気に入ってたんですけど。何がダメかというと、女優がすぐにトイレに行けないから。ジュリエット・ビノシュはその辺でしてましたけれどね。

※川上村は、奈良県南東部に位置する村。吉野杉等を育てる吉野林業の中心地である。

長谷川:(笑)

河 瀨:だって、ないんだもん。でもジュリエットは「ごめん、ちょっと行って来るね」って。

長谷川:かっこいいですね。

河 瀨:ジュリエット、かっこいいんですよ。ほんとに彼女は、人間力が素晴らしい。

長谷川:新作「朝が来る」も拝見させていただきましたが、永作さんとか、井浦さんとかも河瀨組に戸惑ってました?

河 瀨:最初はね。井浦くんはまだ大丈夫。吉野の猟師の人とお友達で。

長谷川:そうなんですか?

河 瀨:この辺に写真を撮りに来たりしてましたよ。だけど永作さんは、この現場が初めてで。最初は戸惑ったと思います。私は、映画はドライブと一緒で、映画も運転も最初はアイドリングをちゃんとしてあげないと走れないと思っています。俳優もいきなり来て演技はできたとしても、中まで入っていけない。永作さんの場合は、湾岸のタワーマンションに住んで、ママ友と付き合ってもらって。

長谷川:本当に?(笑)

河 瀨:そうそう。まだ撮影してないんですけど、ママ友とランチとか一緒にしてもらって。

長谷川:そこまでやってるんだ!

河 瀨:そこまでやってるんです。(笑)

長谷川:そのアイドリング期間がないと、この表情は出せない、みたいなところがありますか?

河 瀨:そうですね。

長谷川:それこそドキュメンタリーじゃないけど、現実と演技の境が曖昧になっていく。

河 瀨:それはありますね。藤竜也さんが東吉野村で猟師の役をやってくださったんですけど、来てすぐに鹿をさばいてもらって。そういうことをどんどんしていって、終わりにね、河瀨さん素晴らしい現場なんだけど、魂を置き去りにされるというか。自分がそこから抜け出せなくなるくらいリアルな。人生1回終えないと、また元には戻れないって言われてました。

長谷川:それを藤竜也さんに言わせるっていうのも、すごい。(笑)

河 瀨:そうそう。そう言っておられました。

※朝が来る:直木賞、本屋大賞受賞作家・辻村深月のヒューマンミステリー小説で、テレビドラマ化もされた「朝が来る」を河瀨直美監督が映画化。新型 コロナウイルスの影響で通常開催が見送られた、2020 年・第 73 回カンヌ国際映画祭のオフィシャルセレクション「カンヌレーベル」に選出。

月とか太陽とか風とか。来るって言ったら、わりと来るんですよ

河 瀨:私は巫女のような感じがすると言われて。(笑)

長谷川:また今日着ていらっしゃる衣装が、イメージ通りです。(笑)

河 瀨:例えば、月とか太陽とか風とか。来るって言ったら、わりと来るんですよ。なら国際映画祭に藤さんが来られたとき、春日野園地という、世界遺産のすぐ近くの場所で、すごく雨が降って。私が冒頭で挨拶するときは曇っててお月さまが出てなかったんですが、「今日は月が見えませんが、雲の後ろにはあります。映画が終わる頃、みなさんにご挨拶すると思います」と言ったら、本当にお月さまが出たんですよ。
世界遺産の奈良の地で、そういう言葉の後に月が出てくると、思う所がありますよね。人間にはコントロールできないものはたくさんあって、自然なんてその最たるもの。でも、どこかで言霊と現象が重なる時に、人々はそこに神を見たと思うし、古代の人たちはそういう感性があったんだと思います。もちろん現代にも、あると思います。

長谷川:おもしろいですね。
今のお話に繋がると思うんですが、河瀨さんの「Vision」には、いろいろ考えさせられました。
「Vision」では吉野の自然がとても美しく撮られていて。その映像に感動しましたし、もちろん僕も吉野の美しさを知っているので、嬉しくも思いました。でもただ単に吉野の風景が美しいっていうのではなくて、やっぱり自然に対する畏怖の念っていうんですかね。吉野の山と先人たちが格闘しながら作り上げた自然と人間の共存関係がここにはある。それは、ただ美しいだけの、良いことばかりの自然じゃない。河瀨さんが「Vision」で撮られたものは、本物の吉野の自然だなと感じて。

河 瀨:はい。

長谷川:吉野・大峯にはかつて山岳信仰があり、修験道の聖地とされていて、今もそういう雰囲気があります。今朝も金峯山寺に行く途中に、車から吉野山をぼーっと眺めていると、不思議と色々な感情が湧いてきます。山に対してどこか畏れるような感覚と同時に、「ありがとう」っていう気持ちにもなる。根っこのところで自分と繋がっているというか、自分が自然のなかに生かされていることに対する感謝の気持ちが、吉野に来ると湧いてくるんです。そういうところが吉野の風景の魅力だなあって、いつも思う。
河瀨さんは奈良で育って、今も奈良にお住まいで、吉野のことは良くご存知だと思うのですが、吉野に対しては、どんなふうに思われていますか?

自分の魂だから。それを蘇らせるための、そういう場所なのかなあと

河 瀨:史実にも残っていますが、吉野には川があって、時の権力者たちがそこを縄張りとし、権力を持って国づくりをした、そういう場所じゃないですか。そういう精神性 というか、目に見えない何かがこの場所にはありますね。
宮滝も宮廷の別荘地みたいなところで、当時、山越えして来るのにはすごい労力を使っていますが、そこに行くと得られるものがあるというのを知っていたんじゃないかと思います。権力やお金、どれだけの人を仕えさせているか、そういうのもあるかもしれないけど。心の強さ、そういうものを支えるのは、自分の魂だから。それを蘇らせるための場所なのかなあと思います。信仰というものも、同時にそこで生まれたでしょうし。世界四大文明の近くには必ず大きな川があるといいますけど、 川はとても豊かなものを作り出せるんじゃないかな。

長谷川:いま吉野川を目の前にしながら話していますが、この町の林業も、吉野川なくしてはあり得なかった。

河 瀨:人間に欠かせない「水」を滔々と湛えている場所は、とても土地の価値があると思うんです。それをどう見せるかを考えると、今は、いわゆる古代を想起させるような風景には見えないけれど、実際にその場にいくと、そこに古代の人が確かに居たのだと感じる。そういう、古代を想起させるような、本当の目に見える世界を作り出せたらいいなと思います。でも実際は、車もたくさん走るし、護岸は工事してるし、橋もできるし。建物もバラバラで均一感はないですよね。
ちょっと、話はずれますが、当時の建築、環境デザインもそうかもしれないけど、そういうものとどう関わっていくかは、きっと古代・過去のものとアクセスできる可能性があって。

長谷川:ああ、なるほど。

河 瀨:その見せ方次第で。それはつまり、自分の魂をとても強くすることにもなるんじゃないかと思います。日常的な生活・暮らしだけじゃなく、私の命がどこからやって来たのか。その命をどこにつないでいくのかを、魂の強さという部分に立ち還らせる。
豪くんやアーティストたちが、普通の人よりも、今見えてないものを感じる力が優れているならば、そういう感性を、作品や仕事を通してより多くの人たちに体験してもらえるのでは。それが響いて、魂が浄化され、強靭な魂になることにつながるんではないかと思います。それが自分の権力の保持だけに使われるのではなく、豊かさや、みんなが元気な様子であったり、子どもたちが今を生きる力、そういうものに使われると、この国はもっともっと良くなると思います。

長谷川:いやあ、良いお話をいただきました・・・。今日、来てよかったです。(笑)

建築や空間の匂いについて考えたのは、初めてのことでした。

河 瀨:豪くんの建築がここにあって、泊まった人は絶対魂を持って帰ってると思う。ここには西と東にいい窓があって、太陽が昇り沈むという、始まりと終わりが見えます。日本は季節があるので、終わりと始まりを知っている文化だと思うんです。花が咲いて、散って、そして翌年にまた生まれてくるそのサイクルは、日常的に実感できていること。太陽が昇り沈むことも、命のサイクルに近いものがあるから、素晴らしい場所だと思う。

長谷川:本当にいい場所なんですよ。両側に大木がこう立って、守ってくれている。

河 瀨:素晴らしい。本当に。

長谷川:昨夜も上の部屋で寝たのですが、夜明け前に目を覚ますと、暗闇の中から大木がゆっくりゆっくり姿を見せるんですよ。それが気持ちいいんです。
この建物ができて、僕も学んだことがあります。建築って20世紀に視覚に偏重したんですよ。写真というメディアが発達して、視覚芸術に寄りすぎたところがあって。21世紀になってからも「映える」建築が注目されて、そうした状況に拍車がかかっています。
吉野杉の家ができて初めて泊まった時のことは忘れられません。2泊して家に帰ってセーター脱いだら、ヒノキの香りが、東京のマンションの洗面室にブワーッと広がったんです。そしてその香りを嗅いだら、またこの家のことを思い出しました。嗅覚って五感のなかでも記憶との結びつきが強い感覚らしいのですが、言ってみればこの家の空間は、香りを介して東京まで続いていた。そういう、建築や空間の匂いについて考えたのは、初めてのことでした。
あとは、昨夜雨が降っていたのですが、三角形断面の小さな部屋なので、寝ると屋根が頭上の30センチくらいの、すぐそばに来るんですよ。そうすると、雨音がずーっと頭のすぐ近くでポツン、ポツン、ポツンて響くんです。それが心地良くて、何か大きな生き物の中というか、鼓動の中にいるような感じがあって。小さな建物なんですけど、同時にすごく大きな自然の一部にいるみたいな感覚がある。
今夜は河瀨さんがここに泊まられるということで、雨が降るといいなと思っているんですけど。(笑)

河 瀨:へえ

長谷川:音や匂いって近代建築がずっと忘れ去ってきたもの、写真では映らないものです。でも記憶に残ったり、さきほど河瀨さんがおっしゃった魂に残っていくものって、むしろ匂いとか音の響き方と強く繋がっていると思うんです。匂いを嗅いでおばあちゃん家のことを思い出したり、声を聞いて誰かのことを思ったりした経験って、誰でもあると思うんですけど。「吉野杉の家」はそういうことを学ばせてもらったプロジェクトですね。

河 瀨:そうねえ。山守さんが言われてるように、自分らの代で植えた木は自分たちでは切らない。次の世代が、もしかするともっと次の世代が、おじいちゃんがやった仕事を見て切る。それが家、もしくは何か別のものとして、また一つの命を生きて行く。そういうことを、私が小学生の時に先生が言ってたんです。正直、どうして自分のためじゃないのと思ったけれども、ここに人の営みの真髄があるのかなと、今になって思います。私のルーツは奄美なんですけど、奄美にも言い伝えというか格言みたいなものがあって、「物事を起こすときは、7代先のことを考えなさい」と言うんです。

長谷川:7代かあ。

河 瀨:そう。そうすると下手な開発はできないし、ここに柿の木を植えれば誰が食べるかなとイメージするのが、7代先の子孫の顔だったりする。それは、いい加減なことできないですよね。結の精神で、地域も土地も自分だけのものじゃないよ、今生きている人たちだけのものじゃなく、7代前の人たちが作ってくれたから、今私たちはここにいるんだよという。

長谷川:7代先とか7代前って遠すぎてなかなか想像しにくいと思うんですけど、吉野で山守さんの話を聞いていると、本当にそういう時間軸で生きていらっしゃるじゃないですか。ついつい毎日忙しく生活していると、どうも思考が近視眼的になってしまって、大きなスケールの時間のことなんて考えなくなってしまうんですけど。林業だったり、大きな自然を相手にして生きていると、7代先を考えるという話も決して大袈裟じゃない。

河 瀨:そうですね。自分の命が、いろんな命と網目みたいに影響しあっているんだと思います。一方向だけじゃなく、自分の言うことも、誰かの影響も、その影響を受けて誰かがしてることも、自分がやっているというように考えられたら。
それを分かっていながら戦争をやってしまう人間が辛い。悪魔的な、どっちに魂を売るのかみたいな自分が常に存在していますよね。

※やまもり【山守】奈良県の吉野林業地のように不在山林所有者の多い林業地で,所有者に代わって森林の管理,保護をする人。吉野林業の山守は,地元の徳望家がなり,世襲制である。出典   株式会社平凡社世界大百科事典 第2版

脚本になかったんですよ。永瀬くんが自ら言ったんです

長谷川:そういえば、「Vision」でジュリエット・ビノシュと永瀬正敏さんが初めて会うシーン。「あなた、何やってるの?」って聞かれて、永瀬さんが「save the mountain」って答えて。

河 瀨:ふふふ。

長谷川:山守という仕事については吉野で聞いて知っていたのですが、あのシーンで「save the mountain」って聞いた時にドキッとしました。なんでですかねえ。先代がこの山を守ってきたし、俺が守っているし、これから次の世代たちが山を守っていく。まるで永瀬さんの魂と身体が山の一部になっているような感覚が、あの表情と「save the mountain」に詰まっているような気がして。

河 瀨:あそこ、セリフになかったから。

長谷川:そうなんですか!?

河 瀨:脚本になかったんですよ。永瀬くんが自ら言ったんです。

長谷川:へえ・・・。

河 瀨:さすがと思いました。私もあの時はモニターを見ながらドキッとしたし。

長谷川:でも、それはやっぱり河瀨さんの仕事の仕方が、そうさせたんですね。

河 瀨:ふふふ。

長谷川:すでにもう、永瀬さんは吉野の山に生きていた。

河 瀨:そうですね。もちろん山守さんと相当対話をしてもらったし、特殊伐採の人と一緒に山に登りに行ったり、木を倒したり。そういうことをしながら、そこに渡る風、なびき・・そう言ってました けど、それが変わってきているとか。山が変化しているという。それは永瀬くんが、智(トモ)がね、本当に自分の足で歩いているから、言ったんですけど。実感したからこそ言えるセリフっていう。

長谷川:すごい。自然に出てきた言葉なんですね。

河 瀨:そうなんですよ。

自然や生命の尊さが際立って見えました

長谷川:「朝が来る」の、有明の埋め立て地のタワーマンションと、広島のあの島はどこですか?

河 瀨:似島(にのしま)という内海の、広島港から20分ぐらいの島です。

長谷川:大変美しいところで。海が見える、とても気持ち良さそうな家でした。よくあんなところ見つけたなあって思って。

河 瀨:私が全部歩いて。ふふふ。

長谷川:あの対比、都市と自然の対比構造は、河瀨さんの作品の中によく出てくると思うんです。でも、単に対比させることで自然が素晴らしいとか、自然崇拝っていうことじゃなくて。例えばこの「朝が来る」を観て僕が印象的だったのは、都市のなかの自然でした。有明というとても人工的な環境でも、見上げると息を飲むような美しい空が街を包んでいたりする。どんなに人工的な環境を人間が作っても、それをはるかに覆うような自然がある。むしろ有明のようなドライな場所だからこそ、自然や生命の尊さが際立って見えました。ラストシーンも、朝ですよね?

河 瀨:はい。

長谷川:朝日のあのシーンは、都市のなかの自然の存在を強く実感させて、気持ちが高ぶりました。
そろそろ時間なので、これが最後の質問になると思いますが、河瀨さんはこれまで映画を通じて、いろいろな自然を撮ってきたと思うんです。自然について何か考えてらっしゃることがあれば、聞かせて頂けますか。

河 瀨:湾岸やレインボーブリッジは、羽田に帰ってきたら最初に見える東京の入り口、みたいな風景じゃないですか。

長谷川:そうですね。

河 瀨:あそこは本当に人工的で。ここに人が生きるのは、間違ってるように思っていました。でも、そこに滞在して映画を撮っていると、そこがちょっと懐かしくなったりする。どんどんタワーマンションを建設して、若い夫婦たちや子供が増えているんですよ。わーって遊ぶ子供の声を聞くと、「この子たちにとっては、ここがふるさとになるんだな」と思う。永作さんも、海外から帰ってきた時に「ああ東京に帰ってきたんだなと思う」と言ってたのを聞いて、なるほどと思いました。
あそこは「Brillia(ブリリア)」という東京建物さんの10 年くらい前のマンションだけど、オリンピックで価格が下がっていないタワーマンションなんだそうです。
タワーマンションで撮影しようと思って、都内全部と言っていいほどのマンションにうちの制作部が許可を取りに行ったんですが、撮影の許可が一切取れなくて。セキュリティの管理会社が入っているから、住民のプライベートは出せないし、カメラも入ってはいけませんということでした。それが「Brillia」は、理事会があって。特に屋上は開放しているんですよ。

0.1 パーセントの奇跡が起こったわけですよ

河 瀨:そこから見える風景は、オリンピックの風景・・まさに「ザ・東京」というか。その街を一望できる風景だった。おまけにエントランスも OK だったので、「ここしかない」と思ったんです。セットも組まないといけないから、割と大きめの100平米以上で、30階以上のところを希望してたら一軒空いていて。分譲だったけど、「賃貸で3ヶ月だけ、保証も入れるから貸して」と、契約書まで不動産屋さんにいってたのに、中国人が即金で買ったんですよ。

長谷川:わあ・・・。

河 瀨:撮影の2週間前ですよ。不動産屋も、賃貸3ヶ月分より、即金の億越えで買われる方がね。(笑)
「Brillia」の建物としてはエントランスも屋上もOKもらってるのに、部屋だけがなくて、困りました。4月から撮影だと、最終3月30日に理事会があるので、そこに行って河瀨さんの思いを告げて欲しいと言われたんです。
どの不動産屋に行っても撮影に使える部屋がなく、最終的には、理事会の方が持っているお部屋を貸してもらうしかないと思いました。今暮らしている人たちに、1週間後家を出て行ってくれというくらいの無理なお願いだから、それは0. 何パーセントとかの確率ですけど。でも結局撮れているのは、その0.1パーセントの奇跡が起こったわけです。
理事会に10分だけ時間もらえるということで、わざわざそのために行き、10分間で最高のプレゼンをして。

長谷川:そのプレゼン見たかったです。(笑)

河 瀨:理事長のような方がどうやら放送関係者みたいで。屋上にセットを建てるんだったらいいんじゃないですかと言われ。今から理事会にかけて、理事会の人もしくは 住民に、「こういう撮影が来ています。協力していただけませんか?」というお手紙を出すことはできますが。という感じで終わったんです。でも屋上に2週間でセットを建てられないですから。「じゃあ」ってうなだれながら階段を降りてたら、後ろからいきなり「僕30階ですけど、部屋見てみますか?」と言われて。

長谷川:ええ!

河 瀨:すぐに見させていただき、プロデューサーに電話して。プロデューサーも誰も来てないですからね。貸して下さる家には犬が居たので、犬が入れる高級ウイークリーマンションをすぐに手配しました。家財とか全部入れ替えて、撮影のセットにして。そういう奇跡が起こるんですよね。「Vision」の時もいろいろ起こったけど。
でも、そういうことが出来たのは「Brillia」がタワーマンションだったからかもしれない。開放してくださった方は、学生時代、映研に入ってたみたいで、今は投資とかの仕事をされていて。

長谷川:いやあ、それは奇跡ですね。

河 瀨:そうなんですよ。そういうこともあって、ふるさと感も増えたのかもしれないけど。ベランダから見てる夕日がね~。

長谷川:あれは良いシーンでしたね。

河 瀨:お月様も。あの夫婦が見てるんだろなあと思うと、私もとても愛着を感じます。人というのは、人工物であっても・・まあ言っても、田んぼや里山は人工物じゃないですか。

長谷川:そうですね。

河 瀨:原生林ではないという意味では、完全な自然じゃないよと。人が暮らしやすさの中で手を加えて、土地と共存していくというか。それがあまりにも人間本位になると逆に自然を壊していく。それは人を壊すことにもなるので、バランスがとても大事だと思います。
神話の国である日本には、万物に神が宿るという概念がありました。しかし現在社会において、その概念は自ずと希薄になっているのかもしれません。私たちが生きていられるのは科学技術の発展によるものだとか、そういったところに目が向けられがちで、自然に生かされていることを忘れると人類は滅亡してしまいます。自然破壊はなんとしても阻止しなければなりません。今コロナの脅威で世界が1つの危機に瀕しましたが、このままいけば、私たちはまた別の危機に瀕するということを理解し、みんなが連携して乗り越えていかなければならないと思います。

長谷川: ありがとうございます。
今日はホストの僕が、河瀨さんに元気をもらう会になりました。(笑)
たくさん興味深いお話をして頂きましたが、なにより河瀨さんの、どこまでもオープンで、分け隔てのない考え方、生き方が、とても印象的でした。そしてこの吉野杉の家でお話を聞けたのも嬉しかったです。
今日はどうもありがとうございました。


河瀨直美さん、長谷川豪さん対談(前編)
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